コリント人への第一の手紙 3:1-11
コリント人への第一の手紙 3:1-11 Colloquial Japanese (1955) (JA1955)
兄弟たちよ。わたしはあなたがたには、霊の人に対するように話すことができず、むしろ、肉に属する者、すなわち、キリストにある幼な子に話すように話した。 あなたがたに乳を飲ませて、堅い食物は与えなかった。食べる力が、まだあなたがたになかったからである。今になってもその力がない。 あなたがたはまだ、肉の人だからである。あなたがたの間に、ねたみや争いがあるのは、あなたがたが肉の人であって、普通の人間のように歩いているためではないか。 すなわち、ある人は「わたしはパウロに」と言い、ほかの人は「わたしはアポロに」と言っているようでは、あなたがたは普通の人間ではないか。 アポロは、いったい、何者か。また、パウロは何者か。あなたがたを信仰に導いた人にすぎない。しかもそれぞれ、主から与えられた分に応じて仕えているのである。 わたしは植え、アポロは水をそそいだ。しかし成長させて下さるのは、神である。 だから、植える者も水をそそぐ者も、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである。 植える者と水をそそぐ者とは一つであって、それぞれその働きに応じて報酬を得るであろう。 わたしたちは神の同労者である。あなたがたは神の畑であり、神の建物である。 神から賜わった恵みによって、わたしは熟練した建築師のように、土台をすえた。そして他の人がその上に家を建てるのである。しかし、どういうふうに建てるか、それぞれ気をつけるがよい。 なぜなら、すでにすえられている土台以外のものをすえることは、だれにもできない。そして、この土台はイエス・キリストである。
コリント人への第一の手紙 3:1-11 リビングバイブル (JCB)
愛する皆さん。私は皆さんに、クリスチャンの生活面について、まるで子どもに語るように書いてきました。実際あなたがたは、主に従わないで、好きかってにふるまっています。そんなあなたがたに、聖霊に満たされた人を相手にしているようには書けないからです。 つまり、堅い食物を避けてミルクを飲ませました。堅い食物の消化はむりだったからです。実は今でも、あなたがたはミルクしか飲めない状態です。 相変わらず、よちよち歩きもおぼつかないクリスチャンで、それは、あなたがたがねたみ合い、仲間割れをしていることからも明らかです。実際、あなたがたの態度ときたら、まるで主を信じていない人のようです。 「パウロとアポロとどちらが偉いか」などと口論して、教会を分裂させている現状では、主にあって少しも成長していないことをさらけ出しているようなものではありませんか。 私たちが争いの原因になるとは、いったい、私が何者だと言うのですか。アポロが何者ですか。ただ神に仕える者にすぎず、それぞれに特別の能力が与えられて、あなたがたが信じるための手助けをしたにすぎません。 私の仕事は、あなたがたの心に種をまくことでした。アポロの仕事は、それに水をやることでした。しかし、あなたがたの心の中でそれを成長させたのは神であって、私たちではありません。 まく者も、水をやる者も、さほど大切ではありません。大切なのは、成長させてくださる神なのです。 アポロも私も、同じ目標を目指して働いていますが、それぞれ、その労苦に従って報酬を受けるでしょう。 私たちは神の協力者にすぎません。あなたがたは私たちの畑ではなく、神の畑です。私たちの建物ではなく、神の建物です。 神様は恵みによって、私に、どうしたら腕のよい建築家になれるかを教えてくださいました。私が土台をすえ、アポロがその上に建物を建てました。しかし、その土台の上に建物を建てるには、細心の注意が必要です。 私たちがすでに持っている本物の土台、イエス・キリスト以外に、土台をすえることなどだれにもできないのです。
コリント人への第一の手紙 3:1-11 Seisho Shinkyoudoyaku 聖書 新共同訳 (新共同訳)
兄弟たち、わたしはあなたがたには、霊の人に対するように語ることができず、肉の人、つまり、キリストとの関係では乳飲み子である人々に対するように語りました。 わたしはあなたがたに乳を飲ませて、固い食物は与えませんでした。まだ固い物を口にすることができなかったからです。いや、今でもできません。 相変わらず肉の人だからです。お互いの間にねたみや争いが絶えない以上、あなたがたは肉の人であり、ただの人として歩んでいる、ということになりはしませんか。 ある人が「わたしはパウロにつく」と言い、他の人が「わたしはアポロに」などと言っているとすれば、あなたがたは、ただの人にすぎないではありませんか。 アポロとは何者か。また、パウロとは何者か。この二人は、あなたがたを信仰に導くためにそれぞれ主がお与えになった分に応じて仕えた者です。 わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。 ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。 植える者と水を注ぐ者とは一つですが、それぞれが働きに応じて自分の報酬を受け取ることになります。 わたしたちは神のために力を合わせて働く者であり、あなたがたは神の畑、神の建物なのです。 わたしは、神からいただいた恵みによって、熟練した建築家のように土台を据えました。そして、他の人がその上に家を建てています。ただ、おのおの、どのように建てるかに注意すべきです。 イエス・キリストという既に据えられている土台を無視して、だれもほかの土台を据えることはできません。
コリント人への第一の手紙 3:1-11 Japanese: 聖書 口語訳 (口語訳)
兄弟たちよ。わたしはあなたがたには、霊の人に対するように話すことができず、むしろ、肉に属する者、すなわち、キリストにある幼な子に話すように話した。 あなたがたに乳を飲ませて、堅い食物は与えなかった。食べる力が、まだあなたがたになかったからである。今になってもその力がない。 あなたがたはまだ、肉の人だからである。あなたがたの間に、ねたみや争いがあるのは、あなたがたが肉の人であって、普通の人間のように歩いているためではないか。 すなわち、ある人は「わたしはパウロに」と言い、ほかの人は「わたしはアポロに」と言っているようでは、あなたがたは普通の人間ではないか。 アポロは、いったい、何者か。また、パウロは何者か。あなたがたを信仰に導いた人にすぎない。しかもそれぞれ、主から与えられた分に応じて仕えているのである。 わたしは植え、アポロは水をそそいだ。しかし成長させて下さるのは、神である。 だから、植える者も水をそそぐ者も、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである。 植える者と水をそそぐ者とは一つであって、それぞれその働きに応じて報酬を得るであろう。 わたしたちは神の同労者である。あなたがたは神の畑であり、神の建物である。 神から賜わった恵みによって、わたしは熟練した建築師のように、土台をすえた。そして他の人がその上に家を建てるのである。しかし、どういうふうに建てるか、それぞれ気をつけるがよい。 なぜなら、すでにすえられている土台以外のものをすえることは、だれにもできない。そして、この土台はイエス・キリストである。